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2023.2.22

【小説】高校時代にいた天才

 現在中学一年生の息子は、私立の中高一貫校に通っている。
 公立中学とは学習のカリキュラムが違っているだけでなく、宿題がやたらと多い。進学校だからなのだろうが、とにかく数学と英語の宿題が多い。
 もともと息子は算数が得意だったのだが、難しい問題に頭をひねっていることが頻繁にある。
 私もたまに問題を見ることがあるが、代数はまだしも幾何の証明問題で難しい問題が多い。しかも標準的な問題ですら、公立中学の応用問題になりそうなくらいの難易度である。そのうえ量が多いから、日々真面目に勉強しないと定期考査では点数が取れないようになっている。
 学年でトップスラスの子も、勉強量が半端ではないそうだ。
 そもそも中学受験とは違って、大学受験は地道に努力した人間が合格を手にすることができる仕組みなのだろう。
 昨日も息子が幾何の「発展問題」に頭を悩ませていた。息子の教科書の発展問題はかなり難易度が高く、そう簡単には解けない。
 しばらく考えていたが、解法が思いつかなかったらしく、大きく息を吐き、ぼやくように言った。
「全然勉強しなくても、勉強ができるようにならないかなあ……」
「そう言えば、お父さんの同級生にそんな生徒がいたなあ」
 息子は驚いたように目を見開いた。
「マジで?」
「うん。そんな化け物みたいな人間がいた。勉強してるのを一度も見たことがないけど、常に全国トップクラスだった」
「天才?」
「だったと思う。でもお父さんが知っている限り、そんなすごい人間は彼だけだったなあ」
「その人の話、聞かせてくれる?」

 私の高校時代の話だ。
 私は授業を真面目に聞いて勉強するような生徒ではなかったが、さすがに三年生になり、塾に通い始め大学受験のための勉強を始めた。
 当然今までサボっていた分暗記しなければならないことがたくさんあって、「もっと真面目にやっておけばよかった」と嘆いたものだ。
 私は理系クラスだったが、私の同級生に「山木凛」という同級生がいた。女性のような名前だが、れっきとした男子だった。名は体を表すという言葉もあるが、男子特有の無神経さやがさつさはなく、繊細な心の持ち主で、なんとなく中性的な感じがした。
 山木君とは幼稚園も含めて小学校のときからずっと同じ学校だった、いわば幼馴染のような存在だ。彼は常に学年トップで、わからないことがあったら、よく彼に質問していた。その方が先生に聞くよりわかりやすかったからだ。
 勉強ができたとはいえ、山木君は決してガリ勉タイプではなく、私は彼が勉強していたのを今までに見たことがなかった。小学校の時、彼が学校のIQテストでとてつもない数値を叩き出し、先生たちが大騒ぎになっていたのを今でも覚えている。
 山木君は性格的に変わったところもなく、例えばスポーツは取り立てて得意という感じではなかったが、皆と同じようにスポーツを楽しむような生徒だった。だから一見すると、本当に普通の平凡な生徒にしか見えなかった。しかも、とても性格のよい子で、私が質問したら、どんなに忙しい時も必ず教えてくれた。
 高校三年生になって受験勉強を始めたころは、毎日のように山木君に勉強を教わりに行った。山木君にとってはいい迷惑だったろうが、温厚な山木君は嫌な顔一つせず、丁寧に勉強を教えてくれた。しかも問題を見た瞬間に「ああ、この問題ね」と呟くとすぐに問題を解き、教えてくれるのだから、私としては驚嘆するしかなかった。
 私の記憶では、山木君にはどんな難問を持っていっても瞬時に解いていた。彼が難問に頭を抱えていたのを見たことは一度もない。一年生二年生とサボりにサボった私のような劣等生が「難しい」と感じる程度の問題なので、彼にとっては大したことがない問題だったのだろうが、それにしても問題を見た瞬間に解けてしまうのは、実にすごいことではないだろうか。
 さすがに教えてもらいっぱなしでは申し訳ないので、なにかお礼がしたいと申し出るのだが、彼の答えは決まって「友達なんだから、そんなこと気にするなよ」と言って、私がお礼のジュースなどを買ってきても、固辞して決して受け取らなかった。
 山木君は私から見たら、非の打ちどころのない人間のように思えた。だからかもしれないが、山木君に対しては「山木」と呼び捨てにせず、同級生の誰もが畏敬の念を込めて「山木君」と君づけで呼んでいた。ここまで「天才」という言葉が似合う人間には、いままでにも出会ったことがない。
 そんなある日のこと、山木君に数学の問題を質問したあと、彼の思考回路がどうなっているのか興味が湧き、聞いてみた。
「どうして君はそんなに勉強ができるの?」
「僕はね、一度見たことは全部覚えることができるんだよ」
 彼は別に自慢そうにするわけでもなく、淡々とそう答えた。
「記憶力が抜群に優れてるってこと?」
「それが大きいんだと思う。だから授業中に教科書を読むだけで、だいたいわかってしまうし、同時に内容も覚えてしまうんだ」
 実に羨ましいと思った。
 私などは今更ながらに高校一年生のときの勉強をしているが、数学はまだしも、英語などは覚えなければいけないことが山のようにあって、絶望的な気持ちになることがあった。山木君のような才能があれば、すぐに暗記することができるのになあ、などと思ったりした。
 そんな恵まれた山木君に強烈な嫉妬心を抱かなかったのは、彼が私とはレベルが違い過ぎるということもあったが、彼の人柄がとてもよかったということもあると思う。山木君が怒ったのを見たことがなく、勉強ができると言って自慢したこともない。ましてや他人を悪し様に言うことなど、決してなかった。
 彼は自分が目立つことを極度に嫌っていたようなふしがあった。級友たちが彼のことを褒めても、少し戸惑ったような顔をするだけで、自分に関する話題をすぐに変えようとした。
 常に他人に認められたいと思っている俗物な私とは精神構造まで違い過ぎて、同級生でありながら、すべてのことを悟った仙人のようでいて、山木君に対しては尊敬の念しか抱かなかった。
 そんな山木君でも私が人間味を感じたことがある。
 ある日彼の鞄を見ると、大きく白い文字で「YAMAGI RIN」と書かれてあった。そこまで大きな文字で鞄に名前を書くことはないだろうと思って山木君にからかい半分で訊ねたことがある。
「僕の苗字は『やまき』じゃなくて『やまぎ』なんだけど、いつもみんな間違うんだよ。だから僕は苗字を間違われないように鞄に大きくローマ字で名前を書いてるんだ」
 私からしたら「やまき」だろうが「やまぎ」だろうが大した違いはないとは思うのだが、当人にとっては重大な問題なんだろう。しかし山木君ともあろう人が、苗字を間違われないために鞄にわざわざ名前を書くなんて随分と子供っぽいところがあるものだなあとほほえましく思ったものだ。
 今から考えてみても、本当に山木君には助けられたと思う。
 受験直前期には、数学の問題でわからないことがあったら、必ず山木君に質問をした。山木君は数学が好きで、私が数学の質問をしたら、なぜか嬉しそうな顔をした。特に数Ⅲの問題を聞きに行くと、身を乗り出して説明してくれた。
 私は数学Ⅲの複素数平面の単元が大嫌いだった。そのそも虚数という考え方がよくわからなかったし、「i」などという記号、さらには実軸や虚軸などまで持ち出されて、理解するのに苦労した。そんな私が複素数平面が得意になったのはひとえに山木君のお陰だ。
 最初に山木君に質問したときのことを私はよく覚えている。解けなかった問題を聞きに行って、
「山木君さあ、この『i』って、なんかわけわからないんだよね。それを平面にしちゃってさあ。これって、なにか意味あるのかね。そのそもなんで『i』なの?」
 と、質問に加えて言いがかりのような事を訊いた。
 山木君はそんな私に対しても穏やかな笑みを携え、質問に答えてくれた。
「虚数は『imaginary number』だから、『i』を使うんじゃないのかなあ」
 そう言うと、いつものように問題をサラッと解いて見せ、説明してくれた。
 そのときに、なるほど、「imaginary number」か。「想像上の数」っていう意味なのか、と妙な納得をした。なぜかそのとき、「imaginary number」という言葉の「i」が少しだけ腑に落ちたような気がした。やがて複素数平面が苦手な私も、いつしか足を引っ張るほどに苦手ではなくなっていった。
 山木君のお陰もあって、私はなんとか第一志望の大学に合格した。山木君は東大の理科三類に当然のように現役で合格していた。お世話になった山木君にお礼もしたかったのだが、彼は高校卒業と同時に進学準備で東京に行ってしまった。
 志望校の工学部に入学した私は、大学ではあまり勉強はしなかったが、なぜか試験ではヤマが当たったり、1点差で落第を免れたりと大学では運のよいことが続いた。同級生たちの多くが留年するのを横目で見ながら、私は留年することもなく楽に進級した。その後は大学院に進学し、これまた幸運なことに、エンジニアならだれもが羨む一流企業に入社した。
「おまえはラッキーなやつだな」
 と同窓生たちにやっかみ半分で言われたが、実際私もそのとおりだと思う。大学に入学してからの私の人生は順風満帆で、充実した日を送っている。
 考えてみれば、山木君に出会ったのが私の幸運の始まりだったのかもしれない。山木君に出会っていなければ、そして勉強を教わっていなければ、私は志望大学へ入学できず、こんなにも充実した人生を歩めず、まったく違った人生になっていたのかもしれない。
 言ってみれば、私にとって、山木君は恩人のような人物だったのかもしれない。
 学生時代にも彼に連絡を取りたかったのだが、私も大学生活でいろいろと忙しく、山木君には連絡を取れずじまいだった。

 高校卒業から30年もの月日が流れたある日のこと、家に帰ると、同窓会の知らせの葉書が来ていた。
 高校時代の友人達とは、就職と同時になんとなく疎遠になってしまっていたが、その葉書を見て、一瞬にして時が30年前に戻ったような気がして、懐かしい気持ちになった。
 幹事は私と比較的親しかった奥村だった。真面目な生徒で人望もあった奥村は東京の大学に進学し、もう結婚もして子供もいるという噂は聞いていた。奥村の電話番号が書いてあったので、私は奥村に電話してみた。
 私が名乗ると、奥村も懐かしそうな声を上げ、お互いの近況報告や懐かしい話に、花を咲かせた。奥村は東京の大学に進学し、そのまま東京で就職したそうだ。聞いてみれば、私の職場とも非常に近かった。現在は埼玉に住んでいて、東京に出勤している毎日だそうだ。
「ところで同窓会には山木君は来るの?」
 話が少し落ち着いたとき、私が奥村に質問すると、奥村は怪訝そうな声を上げた。
「『やまぎ』? 誰だそれ?」
「おまえさあ、おれのことは忘れても伝説の山木君のことを忘れるやつがあるかよ。現役で東大理三に合格した、あの山木君だよ」
「おまえのほうこそ、なにか勘違いしてるんじゃねえのか。山木なんて同級生は、うちの3年2組にはいなかったよ。それに東大理三だって? うちの学校から東大に現役合格したやつなんていねえよ」
 最初私は奥村が私をからかっているのかと思ったが、奥村はいたって真面目なようだった。なにもかも腑に落ちない私は平日の昼休みに奥村と会う約束をして電話を切った。

 週末になり、私は約束のカフェで奥村と再会した。
 私が先に到着して奥村を待っていると、ほどなくして彼は現れた。
「それで山木君のことを覚えてないんだって?」
 私が早速切り出すと、彼は頷いた。
「ああ、あれから斎藤と原とも電話で話したんだが、だれも山木なんて同級生のことを覚えてないし、そんな同級生なんかいなかったってさ」
「あの山木君だぞ。常に学年トップで、おれらにいつも勉強を教えてくれた」
 奥村は少しあきれたような表情をした。
「だから、そんなやつなんていなかったって。むしろそんなすげえやつがいるなら、おれらが覚えてないわけないだろ」
 私は頭がおかしくなりそうだった。
「じゃあさ、これは覚えてないか? おれらで京大数学の二次問題解いてたとき、だれもわからなくて、山木君に聞いたらすぐに解いてくれたって話。京大の数学の問題を山木君が一瞬にして解いたから、あれはクラスでもほとんどの人間が覚えてるだろ?」
 奥村はあからさまにいぶかしげな顔をした。
「なに言ってんだよ。あれはおまえが解いただろ。おまえが京大の問題を一発で解いちまったもんだから、おれたちも驚いてクラス中で話題になっただろ」
 頭が混乱してきた。そう言われてみればあの問題を解いてクラスの人間を驚かせたのは私だったかもしれない。
 そんな私の顔をまじまじと見つめながら奥村は続けた。
「それでおれらが褒めてたら、同じ問題が参考書に載ってて、実は前日に答えを見てたから解くことができたって、おまえ自身がばらしただろ。
 そう言われてみると、たしかにそうかもしれないような気もしてくる。
「じゃあ、あの話はどうだ。センター試験の一週間前に、授業で数学の国沢が難問を出したときに、山木君がすぐに解けて国沢を驚かせたって話」
 国沢とは当時の数学の先生だ。あのとき国沢は解けないだろうと思って山木君に問題を出したのか、山木君が正解するとひどく驚いた顔をしていた。
「あのなあ、それもおまえの話じゃねえか。劣等生だったおまえがあんな問題解けるようになったから国沢が驚いたってやつ。だからおまえは第一志望大学に現役で合格したんだろ。三年の初めにはビリ同然だったおまえがセンター試験一週間前にあんな問題が解けるようになったんじゃ、そりゃ国沢も驚くよな」
「じゃ、じゃあ、山木君は」
「だからあ、そんなやつなんていなかったって」
 私が頭を抱えていると、奥村は言いにくそうに切り出した。
「その存在しない山木ってやつが関係してるのかどうかはわからないんだけど、俺たちもおまえに対して不思議に思ってたことがあったんだ」
「おれに対して?」
「そうだ。高校時代からずっと気になってたことだ。クラスの全員が、おまえの癖と言うか、勉強方法と言うか、なんと言ったらいいんだかわからないけど、みんないぶかしがってた」
 私にはさっぱり思い当たることがない。
「おれの癖? なんのことを言ってんだ?」
 少し前のめりになった私を落ち着かせるように、奥村は静かに言った。
「おれたちのクラスは国立理系コースで全員男子だったよな」
「ああ」
「それで結構まとまりのいいクラスだったから、勉強でだれかを出し抜くとか、自分だけ合格すればいいなんてな感じじゃなくて、みんなで勉強する感じだったよな。難しい問題を一緒にみんなで考えるとかさ」
 私は黙ってうなずいた。奥村の言うとおり、みんなで同じ目標に到達するんだ、みたいな雰囲気があって、とてもいいクラスだった。
「それでおれが不思議に思ってたことって、みんなで問題を考えていたときのおまえの態度だよ」
「おれがなにか失礼なことをしたのか?」
 奥村は激しく手を振った。
「そんなのじゃねえよ。ちょっとした癖というか……」
「じゃあなんなんだよ。その癖ってのは?」
「問題を解いてるとき、おまえブツブツと独り言を言うんだ。なんとなくだれかに問題を聞いてるときのような感じだ。脇を向いて独り言を言ったこと思うと『なるほど』って言って問題を解いて見せる」
「おれそんなことしたっけ?」
「いつもだったよ。おまえ高三になって成績がありえないくらい伸びただろ。高三初めにはビリ同然だったのに卒業するときには10番以内になってたろ。だからおれたち級友はおまえ独自の勉強方法だって思ってたよ。でも不思議な勉強方法だなあって、みんなで話してたんだ」

 奥村と別れたあと、私は茫然としていた。
 たしかに奥村に言われてみれば、山木君なる同級生はいなかったようにも思える。しかし私はたしかに毎日のように山木君に勉強を教わり、彼の驚異的な才能に驚嘆し、彼のことを尊敬していたのだ。そんな彼が存在しなかっただなんて、にわかには信じがたい。
 しかも奥村が言う私の問題を考えるときの癖――と奥村は言っているが――はまさに私が山木君に質問していた時の姿ではないだろうか。彼には山木君が見えていなかったとでもいうのだろうか。
 その年の冬、私は実家に帰って卒業名簿を見てみたが、山木という同級生はいなかった。
 信じられないが、状況だけを鑑みると、奥村たち同級生が間違っているのではなく、私の記憶が間違っていたということになる。
 山木君は卒業前に転校したのだろうか?
 転校したのであれば、卒業名簿に名前が載っていない可能性はある。彼が理三に合格したのも、もしかしたらどこかで転校後の彼の進学先を聞いていて、山木君が転校したことだけを忘れていただけとも考えられなくはないだろうか。
 いや、それはない。彼が合格したとき、私は彼に声をかけ、彼は嬉しそうにお礼を言ってきた。その光景は間違いなく脳裏に焼きついている。その記憶が違うということなど、ありえない。だとしたらなぜ?
 なにか見えざる力によって、山木君がいたという過去が抹消されてしまったのではないのか、という突拍子のない考えが頭をよぎる。
 いったい「山木凛」なる同級生が本当にいなかったのか、それとも彼は本当にいて同級生たちが覚えていないだけなのか、はたまた山木君は妖精のような存在で私にしか見えていなかったのか。もっと現実的に同級生たちが組織ぐるみで山木君の存在を消しているのか。だとしたらなぜ山木君の存在を抹消しなければならないのか?
 そのとき私は奇妙なことに気づいた。
 山木君によく教えてもらった数Ⅲ単元の虚数の「imaginary number」だが、「imaginary」の英文字を並べ替えると「yamagirin」になる。
 ぞっとした。
 まさか「山木凛」とは私が想像上(imaginary)で作った人物なのか。私は「山木凛」という「imaginary」のアナグラムの名前に人物を想像で作りだし、どこかのタイミングで現実世界に戻ったとでもいうのか。
 マンデラエフェクト (Mandela Effect) という言葉がある。マンデラとは、南アフリカでアパルトヘイト撤廃に尽力したノーベル平和賞受賞者のネルソン・マンデラ氏のことだ。
 2013年にマンデラ氏の訃報のニュースが流れたとき、不思議に思った人が多数いたという。というのも、かなり多くの人たちが、彼はとっくの昔の1980年代に獄中死したと記憶していたからだ。かくいう私もそうだった。ところがその記憶は違っていて、違った記憶を持った人が世界中にいた、ということになる。
 このことから自分の記憶が実際の事実とは異なっている現象をマンデラ効果と呼び、多くの場合、同じ記憶を持つ人たちが不特定多数いる事から、パラレルワールドの存在や陰謀論が囁かれているという。 
 オーストラリアの位置もそうだ。オーストラリアの地図を見るとわかるが、私の記憶ではオーストラリアの位置はもっと南東にあったはずだ。ニュージーランドの位置も記憶と違う。もっとオーストラリアに近かったはずだ。等々、明らかに記憶と違っているのだが、そう感じる人が多くいる。
 他にも、1989年、中国で起きた天安門事件で、学生が戦車に轢かれるシーンを多くの人がテレビで見たと記憶しているのに、実際はそんな記録も映像もないだとか、ピカチュウのしっぽは黒いと記憶しているのに、実際は黄色だったとか、いろいろな話を聞いたことがある。
 だから私たちは知らないうちに今の世界と並行して別世界であるパラレルワールドに行っているのではないかという話さえある。それゆえ私は山木君がいないパラレルワールドに迷い込んだのではないかとさえ思えてしまうのだ。
 だがマンデラエフェクトはオーストラリアに長いあいだ住んでいる同僚から一笑に付された。たとえば、実際の地図ではパプアニューギニアとオーストラリアが近すぎるという感想を抱いてしまうが、オーストラリアのトレス海峡最北端の島は、引潮の時はパプアニューギニアまで歩いて渡れるときがあるそうで、昔から交流があったそう。 だから私が間違って記憶しているだけで、実際の地図が間違っているわけなどない、と。
 そう、所詮はマンデラエフェクトに関連する話など、都市伝説の類に過ぎないのだ。

 同窓会を明日に控えたある日、私の携帯電話が鳴った。
 着信元は高校時代一番親しかった同級生の谷口だった。家が近いこともあってか、受験時には帰りの電車で問題を出し合ったり、一緒に塾の夏季講習を受けたりした。
 電話に出ると、高校時代と全く変わらない無遠慮な口ぶりの谷口の声が聞こえた。
「おまえも同窓会に来るんだろ?」
「ああ」
「それはよかった。おれも出席するんで、おまえがいないと盛り上がらないなあと思ってさ」
「おれが行かなくても十分盛り上がるだろうよ」
「なに言ってんだよ。一、二年とあれだけ遊びまわったにもかかわらず、現役で第一志望に合格して、いまじゃ世界を代表する一流企業でバリバリ働いてることは聞いてんだよ。だれもが羨む、クラスで一番目立ったおまえが来なきゃ盛り上がらねえよ」
 私などより、山木君のほうがよほど目立っていた存在だったと思うのだが、否定するのも妙な空気になりそうだったので、私はさりげなく話題を変えた。
「それにしても、おまえとも30年ぶりくらいかあ……」
「そうさ。ちょうど30年だよ」
 谷口は一浪して、地元の国立大学へ進学したため、疎遠になっていたが、こうして会ってみると、谷口は当時のままだった。
 久しぶりの親友の声に高校時代の思い出が一気に甦り、私と谷口はしばらくのあいだ、昔話に花を咲かせた。
 話が落ち着いたころ、私は谷口に切り出した。
「あのさ、高校時代のことなんだけど、山木君って覚えてないよな?」
 谷口は即座に答えた。
「覚えてるに決まってんだろ。天才の山木君だろ。全然勉強しないのに、いつも全国トップクラスの。ずるいよな。たしか理三に合格したっけ」
 谷口は山木君のことを知っている。私は矢継ぎ早に質問しそうな自分を抑えて、あえてゆっくりと質問した。
「おまえは、山木君を、知ってるのか?」
「当たり前だろ。変なやつだな。そもそも、あんなすごい人間忘れるわけないだろうが」
「だよな。それなのに奥村は山木君のことを全然知らないって言うんだ。卒業名簿にも山木君の名前がないし、なんだかキツネにつままれたような気分だよ」
「奥村が? おっと、電車が来た。これに乗り遅れたらまずいから、明日会ってから話をしよう」
 そう言い捨てると、谷口は電話を切ってしまった。
 谷口との電話のあと、私は谷口の言葉を頭の中で反芻していた。
 谷口はたしかに山木君を知っていた。しかし、同じ同級生にもかかわらず、奥村は知らないという。少なくとも私だけがおかしかったのではないと言うことがわかり、いささかほっとしたが、謎はますます深まった。
 山木君のことを同級生の奥村や斎藤や原は知らない。谷口と私は知っている。しかし山木君の名前は卒業名簿にはない。卒業名簿に名前がないことから普通に考えれば、奥村達のほうが正しいように思えるが、谷口の山木君評は私と同じだ。私と谷口が同じような勘違いをするということなど、ありえるのだろうか。

 翌日私ははやる気持ちを抑えて同窓会の会場に行った。
 谷口はすでに来ており、私を見ると「おう」と挨拶した。私は挨拶もそこそこに、あたりを見渡すと谷口に訊ねた。
「まさか今日山木君が来てるなんてことはないよな?」
 谷口は驚いたように、私の顔をまじまじと見つめたあと、訊ねた。
「おまえ、山木君がどうなったのか、知らないのか?」
「いや、知らない。山木君が東大に入学してからは、どんな進路を辿ったのかまでは知らないよ。医者になったんじゃないの?」
 谷口は眉根を寄せると、声をひそめた。
「それがさ、山木君って少し神経質なところがあっただろ。東京の学生生活になじまなかったらしくてさ、一年くらいして地元に戻ってきたらしい」
「じゃあ、山木君はいまなにを?」
「死んだ」
 谷口の言葉に私は耳を疑った。
「山木君が死んだのか?」
 私が大声で問いかけると、私の口を抑えた。
「馬鹿っ、声がでけえよ。たしか大学をやめて一カ月くらい経った頃くらいかな。今田町の交差点を渡ろうとしたときに、信号無視をしたダンプに撥ねられたそうだ。書店に立ち寄った帰りだったらしい」
「なんで書店帰りだったことがわかるんだ?」
「今田書店のレシートと本が現場にあったらしい。『imaginary number』っていうすごく難しい数学の本だったそうだ。大学をやめても小難しい勉強をするところが山木君っぽいよな」
 白く大きな字で「YAMAGI RIN」と書かれた山木君の鞄を思い出した。
 少し変わったところもあったが、私にとっては恩人のような人だった。むしろ彼が私に勉強を教えてくれたから私は第一志望大学へ合格し、その後の大学生活、社会人生活もうまくいった。
 私を気遣うような表情で谷口が言った。
「おまえは山木君と特に仲が良かったからな。30年越しとはいえ、山木君が死んだなんて聞かされて驚くよなあ」
 黙っている私をよそに谷口は一人で喋り始めた。
「突拍子もないことを言うけど、驚くなよ。おれ、たまに思うんだけどさ、山木君は若いうちに運を使い果たしちゃったんじゃないかって思ったりもするんだよ」
 私は顔を上げ、先を促す目で谷口の顔を見た。
「ほら、あのとき山木君って、受験生に取っちゃ、だれもが羨む存在だったじゃん。だって勉強しなくても全国トップレベルなんだぜ。おれなんて軽く殺意覚えたくらいだもん」
 それからあわてて否定した。
「あっ、殺意ってのは冗談だぜ。それくらい嫉妬したってことだよ。こっちはさあ、ヒーヒー言いながら英単語覚えてんのにさ、山木君なんて一度読んだだけで覚えるしさあ。山木君はチートモード。こっちはハードモード。もう人生なんて、どれだけ不公平なんだよって、神を恨んだくらいだもんな」
 私はうなずいた。私自身、山木君に嫉妬の気持ちをまったく覚えなかったのかと言われたら嘘になる。
「山木君が羨ましかったのはおれも一緒だけどさ、それがなんだって言うんだ?」
 谷口はうなずいてから静かに答えた。
「人間の運の総量は決まってるんじゃないかってことさ」
「運? 幸運、不運とかの運ってことか?」
「そうだ。これはあくまでおれの考えなんだけどな。人間が持ってる運の総量は決まっていて、実はそんなに個人差はないんじゃないかって思っているんだ。山木君は大学入学までにだれもが羨む才能を持って東京大学理科三類に進学した。でも、彼はその段階で運の総量を使い果たしてしまった、と。だから山木君が大学に入学してからの人生は不運続きだったんじゃないかって」
「だから山木君は車に轢かれて死んだって言いたいのか?」
「まさか。そんなに確信を持って言ってるわけじゃないよ。ただ山木君が亡くなったって話を聞いたときに、ふとそんなことを思っちまってな」
 谷口はしんみりした調子で呟いた。
「運の総量か……」
 谷口の言うこともわかるような気がする。それほど山木君の存在は当時の私たちからすれば、本当に羨ましい存在だった。あんなに恵まれた人が本当に存在するなど、漫画やドラマの世界でしかないと思っていた。言ってみれば、山木君はとてつもなく恵まれた環境にあったと言える。そんな幸運な人が、今までの幸運を相殺するように、不運なことで命を落とす。人生とはなんとも皮肉なものだと思った。
 しかし、谷口が山木君のことを覚えていたのであれば、山木君は私や谷口の妄想ではなく。確実に存在した存在だと言うことになる。
 それなのに山木君の名前は卒業名簿にはない。不幸な死を遂げたから名簿から抹消されたとの考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに打ち消した。そもそも卒業名簿を作ったのは山木君が亡くなるずっと前の高校時代だ。
「ところでさ、山木君のことを奥村や原たちが知らないんだよ。それって、なんでなんだろ?」
 谷口はきょとんとした目で私を見つめた。
「なに言ってんだ。奥村が知らないのは当たり前だろ」
「なんで?」
「だって山木君は同じ高校じゃないぞ。超進学校の私立KF高校だったじゃないか」
「は?」
「だから山木君はKF高校だって言ってんの。おれが山木君に初めて出会ったのは、Y塾だよ」
 そうか。山木君とは同じ高校と思っていたが、彼は高校受験で私立のKF高校に進学していたのだ。
 小学校から同じ学校と思っていたのは私の思い込みで、通った塾まで一緒だったので、高校三年生のときも同級生だと思い込んでいただけなのだ。谷口は高校三年生の時に私や山木君と同じY塾に通っていたから、山木君を知っているというわけか。
 京大の二次試験問題の件も、国沢の数学の問題も、一度Y塾で山木君が解いていたから、私が解けたことも思い出した。
「そうだったのか……」
 私がかすれたような声で呟くと、谷口は気遣うような表情で言った。
「ああ、そうか。おまえは山木君とは小学校のときからずっと一緒だって言ってたな。だから高校も同じだって思い込んでたんだろうな」
「小学校じゃねえ。幼稚園からだよ」
「そうか……」
 山木君の存在がはっきりしたためか、今頃になって疑問よりも寂寥感が襲ってきた。
 高校を除き小学校の時からずっと一緒だった幼馴染ともいえる山木君が亡くなったとはショックだった。私にとって恩人のような存在でもあり、山木君が勉強を教えてくれなければ、いまの私はなかったかもしれないのだ。
 小さなころから優等生で、かといって努力したわけでもなく、自身の頭脳のみで受験勉強を乗り切り、最高峰の大学に合格する。他人にしてみれば、ため息が出るほど羨ましい存在だったあの山木君が、不条理ともいえる可哀想な最期を迎えてしまった。
 なんとも不思議な感覚だった。
 谷口がしみじみと呟いた。
「まあさ、人生にはいろいろあるってことだよな。恵まれた環境にいたと思っていた人間が突然病気で死んだり、人もうらやむような山木君が大学をやめて事故で亡くなったり、本当にいろいろあるなあ」
「たしかにな」
 谷口は少し顔を引き締めてから、私の顔を見た。
「まあ、おまえも気をつけろよ。おれらの学校じゃおまえが一番の出世頭だ。好事魔多しって言うだろ。気をつけるに超したことはない」
「わかったよ」
 そのときの私は谷口の言葉は単なる冗談としか思っていなかった。

 数カ月後、出社していた私は猛烈な腹痛に襲われた。
 このところずっと調子が悪いとは思っていたが、仕事が忙しく、仕事に穴を空けるわけにもいかず、病院には行かず市販の薬でごまかしていた。しかし今回はいつもに増してひどく、今朝などは真っ赤な血を吐いてしまった。さすがに痛みに耐えきれず、医院に行ったら、すぐに大病院を紹介され、精密検査を受けることになった。
 家族を連れてくるように言われたので、妻と病院に行くと、スキルス胃がん、ステージ4と言われた。
 絶望的な気持ちになった私は、同窓会の谷口の言葉を思い出した。
 人間の運には総量が決まっていて、それを使い果たしたら、あとは死を迎えるしかない、と。
 今にして思えば、私の人生も山木君ほどはないにしても、幸運続きだったともいえる。高校時代は大して勉強もしなかったのに第一志望の大学に合格する。大学ではさして勉強をしなかったのに落第を免れ、大学院にも進学できた。そして人もうらやむ大企業に就職し、今の妻と結婚した。妻には不満は全くなく、家庭内もうまくいっていた。息子は私と違って優秀で私立の中高一貫の進学校に合格した。
 大した努力もせず、人生の幸運をずっと手に入れ続けてきた。私の人生も、山木君と同じではないか。
 いや、そうではない。
 私は山木君に出会って幸運だとずっと思っていたが、運を無駄に使うために山木君に出会ったとも考えられないだろうか。
 つまり、私は人生のすべての運を大学受験や就職で使い果たすために山木君に出会った、と。
 換言すれば、山木君に出会ってなければ、私は受験に失敗しただろうし、一浪しながら四苦八苦して大学に進学していたかもしれない。その後は大して幸運なこともなく、平凡な会社に就職したかもしれない。そして昇進した同僚を羨み、人生には幸運な奴もいるなあ、と酒でも飲みながら愚痴を言って、我が身を振り返り、俺はツイてないなあと嘆く。
 その代わり、人生の前半で運を使い果たさなかった私は、日本人の平均寿命以上に長生きし、それなりに幸せな一生を送る。たいして幸運なことはないとはいえ、「長寿」という幸運を手に入れ、子供や孫に囲まれて一生を終える。これこそが一番の幸運だとは考えられないだろうか。
 私にとって幸運の女神だと思っていた山木君は、実は死神だったのかもしれない。
 いずれにしろ、ここまでが私の運の総量というのは間違いなさそうだ。きっと私は助からないだろう。

(了)

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